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ゴルドブリッツよ、安らかに・・・


2012_08_25ゴルトブリッツ

【デイリー】帝王賞Vゴルトブリッツ腸捻転で安楽死
http://www.daily.co.jp/horse/2012/08/25/0005327899.shtml
 今年の帝王賞を制したゴルトブリッツ(牡5歳、栗東・吉田)が24日、放牧先のノーザンファームしがらきで死亡した。キャロットクラブのホームページによると、午前3時前にスタッフが異変に気付き、エコー検査を行ったところ、腸捻転の症状を発見。既に手の施しようがなく、安楽死の処置が取られたという。

 父がスペシャルウィークで、母レディブロンドはディープインパクトの半姉という良血馬。地方転出などの回り道もあったが、10年秋の中央復帰後はダートで快進撃を開始。圧勝した交流G1の帝王賞が最後のレースとなった。通算成績は19戦10勝(うち地方5戦4勝)、重賞4勝(うち地方2勝)。

 吉田師はマスコミに「ゴリさん、最後まで生きようと頑張ってくれました。ゴルトブリッツ号には感謝の気持ちでいっぱいです。必ずお別れの日は来ます。感謝の気持ちを忘れず、一日一日、大切に、必死に生きていきます。ゴリさん、今ごろ天国で青草、にんじんをモリモリ、パクパク食べているころだと思います」とメッセージを寄せた。

驚きの報せが入ってきました。

今年の帝王賞を圧勝したゴルトブリッツが、24日に休養先のノーザンファームしがらきで腸捻転を発症。既に手の施しようが無い状況だったということで、安楽死の処置が取られたという事です。。。

帝王賞を圧勝した光景を見た時は、『いよいよこの馬の時代がやってきたか!』と思い、この秋の快進撃を心待ちにしていたのですが・・・。まさかの結末に唖然としてしまったというのが正直な感想です。
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●期待の良血馬も順風満帆とは行かず・・・

ゴルトブリッツは父スペシャルウィーク、母レディブロンド、母の父シーキングザゴールドという血統で、2007年の4月11日にノーザンファームで誕生しました。

母のレディブロンドはデビュー戦に1000万条件の特別戦を選択し、見事勝利するという常識外れの芸当をやってのけた競走馬でした。

そしてデビュー戦から無傷の5連勝を記録すると、初のG1挑戦となったスプリンターズSでも、0秒2差の4着に入線するという素晴らしい成績を残しています。

そして何よりも、7冠馬ディープインパクトの半姉としても有名ですね。

そんな素晴らしい牝馬に、名手武豊騎手に初のダービータイトルをもたらし、G1を4勝した名馬スペシャルウィークを配合して誕生したのがゴルトブリッツ。その血統背景を見ても、誕生時から相当の期待を集めていたことは想像に難くありません。

周囲の期待を一身に集め、競走馬としての道を歩み始めたゴルトブリッツ。しかしジックリと育てるという厩舎の方針に加え、生来の体質の弱さからデビューが3歳時の3月まで遅れてしまいます。

そうして迎えたデビュー戦。阪神競馬場の芝1600mで始めてのレースに臨んだ彼は、2番人気に推されるも7着と敗退・・・。このレースを勝ったのは、同じキャロットファーム所属の良血馬トゥザグローリーでした。

その後、2戦目の未勝利戦で3着と好走した彼は芝の中距離で使われ続け、常に掲示板には載る好走を続けて行きます。しかし勝つべき時に勝たなければ、生き残れないのが厳しい競馬の世界・・・。

最後のチャンスとなった札幌での未勝利戦で、予想外の16着と大敗してしまったゴルトブリッツは、再出発を切るべくホッカイドウ競馬へと移籍することになりました。


●当時のレース選択を非難するのは、さすがにナンセンス

ところで当時のレース選択に関して、一部に管理していた藤沢和雄調教師を非難する声があるようですが、当時の状況を考えると、その意見はさすがに的を得ていないと言わざるを得ません。

今でこそ、当のゴルトブリッツやローマンレジェンドの活躍などで、ダートでもやれる種牡馬の評価を得ているスペシャルウィークですが、当時は代表産駒のシーザリオやブエナビスタの活躍などで、産駒は芝でこそという評価が一般的でした。

ましてやゴルトブリッツはデビュー戦こそ掲示板を外したものの、それ以外のレースでは常に勝負圏内に入る好走を続けていた。残された時間も少ない中、この状況でいきなりリスクを侵す選択をする人間は中々いないでしょう。

そもそもあの当時、ゴルトブリッツがダートでこれだけのパフォーマンスを発揮する事を予見できていた人間など皆無に近いはず。我々は後の結果を知っていますからアレコレ言えますが、当時の状況を良く考えれば、その非難は的外れだと言えるでしょう。


●転機となったホッカイドウ競馬移籍

大きな期待を背負いデビューしたものの、失意のままホッカイドウ競馬への移籍を余儀なくされたゴルトブリッツでしたが、結果としてこの移籍自体が、彼のその後の競走生活を180度転換させる大きなキッカケとなりました。

JRAでの最後の未勝利戦からちょうど一月後の10月5日。彼は門別競馬場で初となるダートのレースを迎えます。そしてそこで彼が見せた圧巻のパフォーマンスが。その後の彼の競走生活を決定付ける事になります。

初のダート競馬、初のナイターにレース序盤は戸惑いを覚えながら追走していたゴルトブリッツ。しかし勝負どころで外に持ち出されて仕掛けられると、彼の眠っていたエンジンに火が付きます。

馬群の外を1頭だけ次元の違う脚色で疾走していくゴルトブリッツ。直線に入ってもその脚色は衰えること無く、後続をグングン突き放していきます。最後は流しながらも2着に5馬身差を付けて圧勝したゴルトブリッツ。

勝ち時計の1分52秒1はホッカイドウ競馬の古馬重賞でも中々記録されない快時計。まさに同馬の秘められた素質が開花した、記念すべき一戦だったと思います。

同月の19日には早くも移籍2戦目に臨み、前走と同じように圧勝して2連勝を飾ったゴルトブリッツ。これでJRA再転入条件を満たした彼は、晴れてJRA復帰が決定。栗東の吉田直弘厩舎に移籍し、いよいよ逆襲の時を迎えることになりました。


●眩い輝きを放ちながら、我々の前から去って行った・・・

その後の彼の軌跡は、改めて語る必要は無いでしょう。

再転入初戦を快勝した後、1000万条件の身で東京大賞典に参戦したり、みやこSで心房細動を発症して15着に大敗したりと、時たま大ゴケをやらかすことはありましたが、それ以外のレースでは殆どと言って良いほど、常に勝利を積み重ねていったゴルトブリッツ。

ダート戦に限れば13戦10勝というハイパフォーマンスは、各馬の力差が狭まった現代競馬では驚異的な成績と言っても良いほど。6月の帝王賞でエスポワールシチーに完勝した姿を見てもわかるように、次代の日本ダート界を背負っていく名馬であったことは間違いなかったでしょう。

それだけに今回の訃報は本当に悲しい。。。日本競馬は大きな、大きな宝物を失ってしまった・・・そう言えるのではないでしょうか。

ゴルトブリッツとはドイツ語で『金の稲妻』という意味だそうです。まさにその名の通り、強烈な輝きを放ちながら、我々の前をあっという間に駈け抜けていってしまったゴルトブリッツ。管理する吉田直弘調教師からゴリさんと呼ばれ、厩舎スタッフからも多くの愛情を注がれてました。

多くの人々に愛され続けながら、卓越した競走生活を送ってきた名馬ゴルトブリッツ。その彼の安らかな眠りとご冥福を、心からお祈りいたします・・・合掌。


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[ 2012/08/25 12:00 ] お疲れ様 | TB(0) | CM(-)
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