エイシンの平井豊光オーナーがご逝去


Eishin Flash2
Photo by  k_pentagon

 『エイシン』の冠名で競馬ファンにお馴染みの平井豊光オーナーが3月2日午前、東京都中央区内の病院で亡くなられました。享年77歳。

 馬主としてダービー、オークス、天皇賞をはじめとしてJRA・GⅠを7勝。その他にも数多くの重賞タイトルを制し、まさに日本競馬を代表する大馬主であった平井オーナー。

 もし平井オーナーが馬主として競馬に関わっていなければ、現在の日本競馬もまた違った姿を見せていたかも知れない・・・。そんなことを考えさせるほど、日本競馬に多大な影響を与えた平井オーナーの訃報には、ただただ残念と言うしかありません。


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■個性的な名馬が多かった

平井豊光氏逝去 / 競馬ブックweb

 平井オーナーの所有馬と言えば、GⅠを勝った馬もそうでも無い馬も皆とにかく個性的で、印象に残る馬が多く存在していた気がします。

 GⅠ馬では2002年の朝日杯FSの勝ち馬で、競走生活の晩年はGⅠ馬ながらも地方の大井競馬に移籍し、地元の重賞・大井記念を制すという珍しい記録を作った『シンチャン』ことエイシンチャンプ。

 GⅠこそ勝てなかったものの、その競走生活で3度のレコード勝ちを記録し、1996年のスプリンターズSではフラワーパークと競馬史に残る死闘を演じ、僅か1センチ差でGⅠタイトルを逃したエイシンワシントン。

 重賞4勝を上げた快速牝馬で、日本の競馬史上、芝の1200m戦で史上初めて1分7秒の壁を破り、1分6秒9の時計を記録(1997年シルクロードS)したエイシンバーリンなど、実に個性的な名馬を多数ターフに送り出されました。

 そんな平井オーナーの所有馬の中でも一際個性的で素晴らしい活躍を見せた名馬が、1999年の朝日杯3歳S(現・朝日杯FS)の勝ち馬で、後に香港で素晴らしい活躍を見せてくれたエイシンプレストンでした。


■香港だと別馬になる

 エイシンプレストンはある意味異色の名馬だったと思います。

 日本でも前述したGⅠ朝日杯3歳Sをはじめ、重賞を5勝するなど大いに活躍しましたが、同馬が今でも競馬ファンに語り継がれる様な存在たらしめているのは、間違いなく香港での素晴らしい活躍ぶりでしょう。

 日本だと度々詰めの甘さを見せ、あと一押しが効かない競馬となってしまうのに、香港に行くと異常とも言える勝負強さでGⅠタイトルを3つも獲得してしまうのですから、本当に水が合っていたのでしょう。

 いつだったか同馬の主戦だった福永騎手が、雑誌か何かのインタビューで『(エイシンプレストンは)香港へ行くと別馬になる』とコメントしていましたが、それも頷ける成績。

 過去に何頭もの日本馬が香港で活躍していますが、現地の競馬ファンに一番名前を知られ、尊敬されているのはエイシンプレストンなんだとか。まあこれだけ活躍すれば、それも当然のことなのでしょう。


■現地のファンを喜ばせた英断

 香港での出色の成績から、現地の競馬ファンに尊敬され愛されているエイシンプレストン。実は同馬が現地のファンにリスペクトされる理由がもう一つ有ります。

 それが2003年に世界を震撼させることになったSARS(重症急性呼吸器症候群)の存在。

 2002年11月に中国で発生したこの感染症は、その感染力の強さと症状の重さから世界中の人々を恐れさせ、世界に一種の恐慌状態を引き起こしました。

 日本では感染者こそ出なかったものの、SARSウイルスの感染した旅行者が関西を観光していたことが分かり、厚生労働省は旅行者の全旅程と立ち寄り先を公表。全施設を消毒する騒ぎになったことは記憶に新しいところです。

 そのように世界中をパニックに陥れていたSARSの感染拡大。当時香港は主要な感染拡大地域の一つであり、日本政府からは渡航自粛勧告が出されていました。

 このことにより、困難な決断を迫られたのが平井オーナーとエイシンプレストン陣営でした。というのも、当時同馬は香港で行われるクイーンエリザベス2世Cに出走を予定しており、着々と遠征準備を重ねられていたからです。

 当然の事ながら、周囲からは遠征は中止した方が良いという声が多数上がります。平井オーナーも相当悩まれたと聞きました。しかし最後には『ディフェンディングチャンピオンとして、遠征を心待ちにしている現地のファンの期待に応えなくてどうする!何か有ったら責任は私が取る』と遠征を決断。

 外出する時は必ずマスクを着用することが義務付けられるという異様な状況下の中、覚悟を決めて香港に乗り込んだエイシンプレストン陣営。そんな陣営の英断に、歓喜の声を上げ声援を送る現地の競馬ファン。

 最後の直線、馬場のど真ん中を力強い末脚で駆け抜けてくるエイシンプレストン。勝利の女神が勇気ある決断を下した平井オーナーと陣営に、最高の微笑をプレゼントした瞬間でした。


■大きな存在を失ってしまった

 もしエイシンの馬が日本競馬に存在していなかったら・・・。そんなことは考えることが出来ないぐらい、平井オーナーは日本競馬に偉大なる足跡を残されました。本当に大きな人を、日本競馬は失ってしまいましたね。

 おそらく平井オーナーの後は、長男である平井宏承氏が受け継がれることでしょう。先代が偉大だっただけに受け継ぐのは大変だと思いますが、是非とも頑張って欲しいと思います。

 日本競馬に長年多大なる貢献を成されてきた平井豊光オーナー。謹んで氏のご冥福をお祈りいたします。合掌。


◆2003クイーンエリザベス2世カップ◆



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[ 2013/03/06 23:29 ] 競馬雑談 | TB(0) | CM(-)
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