岩手の怪物トウケイニセイ死す・・・。


トウケイニセイ 

トウケイニセイが亡くなった。
享年25歳。

岩手競馬がもっとも華やかりし時期に、一時代を築いた日本競馬史上屈指の名馬。
幾多の苦難に直面しながらも、自身の力で、そして周囲の人々の愛情で生き抜いてきた末での大往生に、ただ一言『お疲れ様・・・』という言葉を贈りたい。

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●岩手を代表する名馬●
岩手を代表する名馬と言えば、今は多くの人がメイセイオペラを挙げるのではないだろうか。
地方所属馬初のG1制覇の偉業。華やかな舞台での活躍を見れば、多くの人が『岩手競馬と言えばメイセイオペラ』という感想を抱くのも当然かと思われる。

しかし筆者にとって、岩手競馬を代表する名馬と問われ挙がるのは、やはりトウケイニセイなのである。

通信インフラの発達で、各地の地方競馬の情報が容易に手に入るようになった現代と違い、当時はまだまだ各主催者間の交流も少なく、情報も中々入り辛い時代。

断片的に入ってくる情報ながらも、その圧倒的な強さ、怪物的な走りに胸を躍らせ興奮していたことを、今でも良く覚えている。

『いつか全国区の強豪と、大きな舞台で戦っている姿を見てみたい・・・』
地元で圧倒的な走りを続けるトウケイニセイを想像しながら、いつもそう思っていたものだ。

●岩手の怪物、いよいよ全国へ●
その願望が、とうとう叶う時がやってくる。
それが1995年のマイルチャンピオンシップ南部杯。

この年は『交流元年』と呼ばれ、今まで不活発だった各地方競馬・中央競馬との交流促進が開始された年。各地で交流重賞が多数新設され、大いに盛り上がっていた。

岩手競馬も、それまで北日本地区交流レースであった南部杯を、全国交流レースに変更。この流れに乗ってきたことにより、全国区の強豪が乗り込んでくるのを、地元の雄トウケイニセイが迎え撃つという、競馬ファンにとってはたまらない構図が完成したのだ。

この年、1頭の名馬がダート競馬に旋風を巻き起こしていた。
その名は『ライブリマウント』。交流元年というこの時期に合わせるかのように登場してきた同馬は、破竹の勢いで連勝を積み重ね、地方競馬を席巻していく。

各地の地方競馬関係者も誇りを持って迎え撃つものの、同馬の走りを止めらずにいた。
そんな地方競馬関係者の期待に応える最後の砦が、岩手の怪物トウケイニセイだったのだ。

筆者も当時、某地方競馬に籍を置いていた。
『トウケイニセイならば、きっとライブリマウントにも勝ってくれる!!』
そう思っていた。

●夢、破れる・・・●
しかし現実は非情だった。結果はライブリマウント、ヨシノキングに続く3着・・・。
結果を知ったあの時の暗澹たる気持ちは、今でも良く覚えている。

『あと1年早ければ・・・』
レース後、鞍上の菅原勲はそうコメントし唇を噛んだという。
当時トウケイニセイは9歳(現在表記では8歳)。さすがに全盛期を過ぎていた。

●トウケイニセイに贈る言葉●
後に菅原はトウケイニセイに関して、こうコメントしている。
『メイセイ(オペラ)も強くなっているが、ニセイに比べたらまだまだ』
『全盛期のニセイがドバイワールドカップに出ていたら、きっと勝っていたと思う』

数多くの競馬ファン、関係者に大きな夢と希望を与えたトウケイニセイ。
その偉大なる馬生に大きな敬意を払うとともに、安らかな眠りを願いたい・・・合掌。

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[ 2012/03/08 07:00 ] 競馬雑談 | TB(0) | CM(0)
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