Photo by 競走馬のふるさと案内所
1994年のオークス2着馬で、現役時代には重賞2勝。繁殖牝馬としては重賞を3勝したサイドワインダーを送り出すなど、素晴らしい成績を残した名牝ゴールデンジャック。
そのゴールデンジャックが15日、心不全の為に急死したことが繋養先であったタバタファームのブログにて発表されました。
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■2日前に牝馬を出産したばかり▼ゴールデンジャック急死 牝馬TRで2勝 / 日刊スポーツ ゴールデンジャックは父アフリート、母コマーズ、母の父ダンジグという血統(詳しくは
こちら)の22歳牝馬。1994年の牝馬クラシックの主役だった1頭で、桜花賞・オークスの両トライアルレースを制覇。
桜花賞本番ではオグリローマンの13着と敗れるものの、オークストライアルを制して臨んだオークス本番では、忘れな草賞を制し2番人気に推されていたチョウカイキャロルを猛追し、2着と好走。その確かな実力を本番でも証明しました。
その後も重賞で何度も馬券圏内に絡んだり、小倉日経オープンで勝利を上げるなど活躍したのち、1997年に現役を引退し繁殖入り。
翌年トニービンとの間に初仔となる牡馬を出産しましたが、この仔馬がゴールデンジャックの代表産駒となるサイドワインダー。母譲りの素晴らしい末脚で重賞路線で大活躍したことは、未だに記憶に新しいところです。
その後も繁殖牝馬として、何頭もの優れた子供たちをターフに送り出し続けていたゴールデンジャック。22歳となった今年も現役の繁殖牝馬として過ごしており、3月13日にはヴィクトワールピサを父に持つ牝馬を出産したばかりでした。
その直後に届いたこの訃報・・・。生まれたばかりの牝馬は乳母馬の手によって育てられており元気だと言うことですが、なんとも悲しい出来事ですね。
■優れた血が後世に伝わっていく事を願う 私にとってゴールデンジャックは思い出深い馬の1頭です。私が競馬に興味を持ち、見始めた年が同馬がクラシックで活躍した1994年でした。
この年の3歳路線は牡馬ではナリタブライアンが圧倒的な強さで勝ち進み、牝馬では当時外国産馬の為にクラシック出走権が無かったヒシアマゾンが、その鬱憤を晴らすかのように連勝街道を驀進するなど、牡牝共に抜けた存在がいました。
その為に特に牝馬クラシック路線は影が薄い感じだったのですが、そんなことは競馬を始めたばかりで何にでも興味を持っていた当時の私(当時16歳・笑)には関係なし。
ゴールデンジャックは当時売り出し中だった若き日の四位騎手が手綱を取っていたこともあり、栗毛の美しい牝馬という事で特に肩入れし応援していたのを良く覚えています。
いわば最初に好きになった馬がこの世を去ってしまった訳で・・・。残念に思う気持ちと共に、もうそれだけ時間が経っていたんだなと、今更ながらに強く思いました。
その長い繁殖生活の中で、牡馬ばかりを生むお母さんだったゴールデンジャック。今まで10頭以上子供を生んできましたが、牝馬は今年生まれた仔を含めても3頭だけなんですね。調べて見てちょっとビックリしました。
現在JRAではプリンセスジャックが現役の牝馬として走っていますが、こうなると怪我無く無事に競走生活を終え、繁殖牝馬として長生きして欲しいところ。
既に繁殖入りしているお姉さんのセントクリスマスや今年生まれた牝馬と共に、お母さんの優れた血を長く後世に伝えていけるような活躍を期待しています。
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