今の日本競馬には、メジロパーマーの様な存在が必要である




【サンスポ】個性派逃げ馬、メジロパーマー死す
http://www.sanspo.com/keiba/news/20120408/kei12040804010004-n1.html
 1992年宝塚記念&有馬記念のGI2勝をはじめ重賞5勝をあげ、個性的な逃げ馬として活躍したメジロパーマー(牡、父メジロイーグル、母メジロファンタジー)が7日午後、心臓麻痺のため、繋養先の北海道洞爺湖町のレイクヴィラファームで死亡した。25歳だった。

 メジロパーマーは87年に北海道伊達市のメジロ牧場(昨年廃業)で誕生。同期にはメジロマックイーンやメジロライアンといったGIホースがいる。

  栗東の大久保正陽厩舎からデビューし、クラシックには出られなかったが、古馬になって力をつけた。4歳夏に札幌記念で重賞初制覇。その後、障害に転向して 1勝したが、平地に戻り“グランプリ”を連勝。逃げ切りか惨敗かという極端な成績だったが、個性派として90年代はじめの競馬を盛り上げた。宝塚記念を勝ちながら、同年の有馬記念は15番人気(16頭立て)だったが、山田泰誠騎手を背に再び逃げ切った。15番人気の勝利は、今でも有馬記念の最低人気記録と して残る。

 通算成績は38戦9勝(うち障害で2戦1勝)。重賞は92年宝塚記念&有馬記念をはじめ、91年GIII札幌記念、92年GIII新潟大賞典、93年GII阪神大賞典の5勝。種牡馬を引退してからは功労馬として同ファームで余生を送っていた。



メジロパーマーが亡くなった。

同期のメジロマックイーン・メジロライアンと共に、名門メジロ牧場の全盛期を築き上げた名馬。
種牡馬としての成功は叶わなかったが、メジロ牧場の黄金時代を築き上げた功労馬として、生まれ故郷のレイクヴィラファーム(旧メジロ牧場)で余生を過ごしていた。

サラブレッドの一生は、常に競争の連続。
周囲に愛され、静かな余生を送ることが出来るサラブレッドは、ごく一握りだけだ。

パーマーは多くの人々に愛され、遂には生まれ故郷で静かに眠りに付いた。
その一生は、人々の愛情に包まれた幸福なものであったはず・・・。
筆者はそう確信している。
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●稀代の個性派逃げ馬

メジロパーマーと言えば大逃げである。
レースに出ればとにかく逃げる。もう何も考えず、力任せに逃げる。

ゲートを出てからグングン飛ばし、いつも向こう正面では後続に何十馬身と言う大差をつける。
だからといって、別にスローペースの逃げを打つ訳ではない。どちらかと言うと厳しい流れの方が多い。

だから『その内バテてしまうはず・・・』と後続の騎手がタカを括ることが多かったが、パーマーはバテるどころかそのままゴールまで一人旅・・・。何人もの騎手が、そしてファンが彼に翻弄され続けてきたのだろうか。

まさに個性派逃げ馬の名に相応しい馬だったと思う。


●フロック?・・・いえいえ、とんでもない!?

メジロパーマーが勝ち取った重賞は5勝。
その内GⅠタイトルは、宝塚記念と有馬記念の2つ。

浮き沈みの激しい成績のせいで、現役時代はタイトルを獲得しても常に『フロック』の声が付いてまわったが、そもそも実力が無くては重賞を5勝も出来る訳が無い。

気難しい馬で、常に勝つか惨敗するかの両極端な成績を残した馬であったが、気分良く走った時の強さはまさに本物。間違いなく、日本競馬史に名を残すに値する名馬であった。


●競馬がツマラナイのは、彼のような個性派がいないから?

昔に比べると、今は大逃げや大外マクリなど、個性的な戦法を使う馬が明らかに減ったと思う。

現代の厩舎関係者たちは、『競馬を教える』が合言葉かのように、デビュー戦からひたすら好位差しの競馬を教え続ける。そのお陰で、昔に比べ優等生タイプの競走馬は多くなったが、野性味溢れる魅力的な競走馬は少なくなってしまった。

実はスマートでキレイな競馬は、見ていてもあまり面白くないことが多い。
それよりも、どこか破天荒なレース振りを見せてくれる馬が一頭でも存在すると、そのレースは途端に面白くなる。

分かりやすい例を挙げれば、今年の阪神大賞典なんかはピッタリだろう。
長距離戦というのは淡々とした流れになり易く、どちらかと言うと退屈なレースになり易い。しかし今年はナムラクレセントとオルフェーヴルが途中で動いてくれたため(オルフェーヴルは暴走したんだけど・苦笑)、一気にレースがヒートアップし、非常に面白いものとなった。

今の厩舎関係者が、その馬の為を思ってスマートな競馬を教える意味は良く分かる。しかし、それが結果として競馬の魅力の一部分を奪い去っているのも事実。何とも皮肉な結果だ。

メジロパーマーの現役時代にも、スマートな競馬をする馬が少なかった訳ではない。しかしそれら馬たちと同じくらい、自己の戦法を確立した個性的な馬たちが揃っていた。

そういう馬たちが入り乱れて覇を競っていたからこそ、あの時代の競馬は面白かったのだと思う。


●あの熱狂をもう一度・・・

冒頭にUPした、メジロパーマーが勝った有馬記念の動画を見て欲しい。
中山競馬場に詰め掛けた大観衆の、凄まじいまでの興奮と熱狂。
画面越しでも、20年余り経っていても、その熱は充分伝わってくる。

師走の中山競馬場に押しかけ、心から競馬を楽しみ、ターフを駆ける競走馬たちに精一杯の声援を送る大観衆。あの『興奮の坩堝』と化した中山競馬場は、現代ではまず望みようも無いものであろう。

この動画を見ていて、当時の競馬ファンが心底羨ましくなった。
残念ながら筆者は、これほどの熱をもった競馬をまだ体験したことは無い。

メジロパーマーたちが築き上げ、駆け抜けていった日本競馬の黄金時代。
あの時代の興奮と熱を、我々はまた取り戻すことが出来るであろうか。

競馬に関わる人たちが、みな笑顔であったあの瞬間。
またあの瞬間を取り戻す為にも、現代の競馬関係者には頑張って欲しいと思う。


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[ 2012/04/10 23:05 ] 競馬雑談 | TB(0) | CM(0)
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