スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
◆ブログ移転しました◆
新しいブログ『馬事総論ドットコム』を開設しました。今後はこちらのブログで更新を続けます。
新しいブログのURLはhttp://bajisouron.com/です。
恐れ入りますがお気に入りの変更をお願いします。

スポンサードリンク

follow us in feedly

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

日本競馬に多大なる影響を与えた名牝ライデンリーダー死す・・・。



 悲しい報せが舞い込んできた・・・。

 1995年の報知杯4歳牝馬特別を快勝し、安藤勝己騎手とのコンビで中央競馬に旋風を巻き起こした笠松の名牝ライデンリーダー。

 現役引退後は父ワカオライデンが繋養されていた吉田牧場で繁殖入りし、2008年からは功労馬として同地で余生を送り続けていたのだが・・・。

 社団法人ジャパンスタッドブックインターナショナルの公式Twitterアカウントによると、ライデンリーダーが死亡したとの連絡が繋養先の吉田牧場より寄せられたとのこと。

 詳しい死因等は現在ではまだ分からないが、まずは多くの競馬ファンに夢と希望を与えた稀有のサラブレッドの死に、哀悼の意を表したい。


スポンサードリンク


■その後の日本競馬に多大なる影響を与えた名牝



 ライデンリーダーが鮮烈な中央競馬デビューを果たした報知杯4歳牝馬特別(現フィリーズレヴュー)から、もう19年が経つのか・・・。

 思えば長い年月が経ったわけだが、あの時ライデンリーダーと安藤勝己騎手が京都の直線で見せた鮮烈な末脚は、19年経った今でも脳裏に鮮烈に焼き付いている。

 私はこの年の6月に北海道へと旅立ち、ホッカイドウ競馬のある厩舎で厩務員として働き始めたのだが、私が地方競馬の世界に飛び込む事を意識させたのは、紛れも無くこの年のライデンリーダーと安藤勝己騎手の活躍ぶりに他ならない。

 JRAと地方競馬との交流元年に、笠松から彗星のように現れたライデンリーダー。同馬の存在は、その後の日本競馬の方向性に予想以上に大きな影響を与えた。

 ライデンリーダーと安藤勝己騎手の活躍は、当時地方競馬に在籍していた多くの人々に「俺たちでもあの舞台に立つことが出来る!」と、夢と希望をもたらした。

 そして当時笠松競馬の絶対的なリーディングジョッキーとして君臨するものの、勝つことに飽き始め調教師への転身を考え始めていた安藤勝己騎手に、もう一度騎手としてのやりがいと意欲を取り戻させた。

 もしライデンリーダーがこの時登場しなかったら、安藤勝己騎手は数年後ひっそりと鞭を置き、調教師に転身していたであろうと後に語っている。

 そうなれば「地方競馬からの開拓者」安藤勝己は存在していなかった訳で、今のようにJRAで地方出身騎手を多数見る機会は訪れなかったかも知れない。

 そう考えると、ライデンリーダーという競走馬は如何に偉大な存在だったかを実感することが出来る。

 競走馬として、そして繁殖牝馬としては大成することは出来なかったライデンリーダー。しかしその存在は日本競馬に多大な影響を与えた馬として、後世まで語り継がれていくことだろう。

 あの鮮烈な印象を与えた4歳牝馬特別から19年。。。

 地方競馬が生んだ偉大なるサラブレッド、ライデンリーダーの冥福を心から祈りたい・・・合掌。


◆1995年 報知杯4歳牝馬特別(GⅡ)◆
◆ブログ移転しました◆
新しいブログ『馬事総論ドットコム』を開設しました。今後はこちらのブログで更新を続けます。
新しいブログのURLはhttp://bajisouron.com/です。
恐れ入りますがお気に入りの変更をお願いします。

スポンサードリンク

follow us in feedly

[ 2014/04/02 11:33 ] お疲れ様 | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。