最後の直線、思うように伸びないキズナを見て、場内から悲鳴のようなどよめきが上がる。
単勝1.7倍。圧倒的な1番人気に支持された昨年の日本ダービー馬キズナ。そのオッズを見ればどれだけ多くの人々が、彼の勝利を願っていたかが良く分かる。
偉大なる父ディープインパクトの再来と呼ばれ、日本中の競馬ファンの期待を一身に集めていたキズナ。
その彼が、何故4着と期待を裏切る結果に終わったのか?私なりにキズナの春の天皇賞を分析してみたい。
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■キズナの状態
馬の出来は悪くなかったと思う・・・。というか、正直かなり良かった。
前走時に感じた太め感はすっかり解消されていて、スッキリとした馬体に仕上がっていたキズナ。減った6キロは余分な脂肪だけだったのは間違いないと思う。
今回出走してきた18頭中、状態だけなら1~2を争う出来だったと思われ、「これだったら勝負できるかな?」と個人的には思った。
■本当に距離が長かったのか?
では何故状態も良いのに、馬券圏内にも入れない4着に敗れたのか?という話になる訳だが、巷ではその原因を「距離適性」に求める声が上がっているようだ。
レース後に武豊騎手が「本来持っているはずのギアに入らなかった」というコメントをして、暗に距離が長かったと匂わせていたり、元騎手である安藤勝己氏が自身のツイッターで「キズナの敗因は距離適性」とコメントしたことが、その根拠になっているようだが・・・本当にそうなのだろうか?
結論から言うと、距離が長かったことが敗因と全く関係なかったとは言わないものの、あくまで敗因を構成している幾つかの要素の一つであり、またそこまで大きく影響した訳ではないと考えている。
というのも、もし距離が長かったことが敗因であるならば、最後の直線で完全に脚が上がり止ってしまうものだろうが、別にキズナは最後の直線で止まった訳ではない。
3着に入ったホッコーブレーヴに後ろから交わされているので、視覚的には止まってしまったように見えがちだが、あれはホッコーブレーヴが最後の直線まで追い出しを我慢し、残り300m強の競馬に徹したからこそ発揮できた末脚。
キズナはそれこそ残り800mから動き出しているので、最後の直線で末脚の勢いが違うのは当然。それでも先に抜け出したフェノーメノやウインバリアシオンとの差は最後まで詰め続けてきており、これは脚が上がったと言うよりも前が止まらなかったと言うべきではないだろうか?
そもそもキズナはこのレースで上がり34秒0という上がりを使っている。距離が明らかに長い馬がこれだけの末脚を使える訳はないだろう。現に直線での脚色が違ったホッコーブレーヴだって、3ハロン換算ならキズナと同じ上がり時計なのだ。
要はどういう脚の使い方をしたかであって、直線の見た目だけで距離適性云々言うのはナンセンスだと思う。
■キズナの実力
距離適性が敗因(の主要因)ではないとしたら、何が原因だったのかと言う話になる訳だが、その前に肝心のキズナの現時点での実力について定義しておきたい。
昨秋の欧州遠征のレース振りや、前走の大阪杯で見せた強さ。そしてレース前の武豊騎手や佐々木晶三調教師のコメントから、キズナはそれこそ父であるディープインパクトの域まで達したかのような印象を与えていたが、ことこの舞台(京都3200m)に関しては父の域までは到底達していないと思う。
これが他の舞台(例えば阪神2400mとか)ならば、まだ多少考慮の余地はあるかもしれないが、稀代のスピードと瞬発力を併せ持っていた父ディープインパクトと同等に比べるには、まだまだもう1段2段の成長が必要。
逆に言うと「日本競馬史上最強」という看板は、それほど高いものだという証明でもある。
では何故キズナがそれほど高く評価されるかというと、1番は主戦である武豊騎手の発言によるものだろう。特に今回の天皇賞前は、いつにも増して強気な発言を連発していた。
実際武豊騎手自身も、キズナに対して父ディープインパクトと同じくらいの期待を抱いているのは間違いないと思う。2頭の背中を知っているのは武豊騎手だけだし、父であるディープに通じるものをキズナに感じ取っているからこそ、同じような期待を掛けているのは間違いない。
しかし現状では、その期待が強すぎて願望のようなものになっている感じを受ける。前述の「本来持っているはずのギアに入らなかった」というレース後のコメントも、『ディープだったらあそこから届いた』という思いが滲み出ているように感じた。
確かにキズナは強い。今回4着と敗れたものの、日本トップクラスの競走馬であることは疑いようのない事実だ。しかしキズナはキズナであって、ディープではない。
思い込みや大きな期待は、時として人を盲目にする。冷静な目を持ち続けることが如何に大切かを、今回改めて思い知った。
■では敗因は?
さてキズナの今回の敗因について話を戻すが、大きく分けて次の3つになると思う。
1つ目に『4強の力関係』、2つ目に『位置取り』、3つ目に『ゴールドシップの存在』だ。
では項目ごとに述べていこう。
1、4強の力関係
今回4強と称された4頭(キズナ・ゴールドシップ・ウインバリアシオン・フェノーメノ)の力関係だが、ことこの舞台(淀3200m)に関してはほぼ互角というのが正しい見方だと思う。
今回はフェノーメノが見事に春の盾連覇を成し遂げたわけだが、もし同じメンバーで何回もレースを行った場合、この4頭が上位を独占し、その都度勝ち馬が変わる可能性は非常に高いと思う。
それぐらいこの4強の実力は接近している(まあゴールドシップに関しては何とも言えない部分はあるが)ので、突き抜けた実力をもたないキズナが今回敗れたのはある意味当然だし、また勝つ可能性も充分あったと思っている。
2、位置取り
これはもう見たまんまである。レース前から「前の止まらない馬場で後ろから競馬して、果たして届くのか?」と散々言われていたが、結局その懸念が見事的中する形になってしまった。
実際今回のレースにおいて、4強の道中の位置取りがそのまま結果に反映されてしまっている。4強の中で1番前のポジションで競馬していたフェノーメノが1着で、2番目のウインバリアシオンが3着。3番目のキズナが4着で、1番後ろにいたゴールドシップが7着だ。
この結果を見ると、やはり高いレベルで行われるレースにおいて後方から競馬をするということが、結果的に如何に不利に働くかが良く分かる。
特にこのような長距離戦になると、道中はペースが落ち着いてしまうことが多く、前で競馬する馬も脚を溜めることが出来るため、後ろから競馬してもそれほどアドバンテージは発生しなくなる。
ただでさえ追い込み馬はコーナーで外に振られやすく、距離ロスを強いられることが多い。それにプラスして脚を溜めていた先行馬よりも速い脚を使わなければ届かないのだから、厳しい戦いを強いられるのは当然といえるだろう。
3、ゴールドシップの存在
先程から何度も取り上げている「本来持っている筈のギアに入らなかった」という武豊騎手のコメントだが、もし本当にそのギアが有って、何らかの原因で入らなかったとしたのなら、1番考えられるのはゴールドシップにマークされた影響によるものだろう。
今回の天皇賞でのハイライトの一つに、ゴールドシップの出遅れが挙げられるのだが、この出遅れによりゴールドシップは最後方からの競馬を余儀なくされた。
このことは武豊騎手にとって誤算であっただろう。本来であれば自身が最後方から各馬の動向を窺いつつ、競馬したかった筈だからだ。
▼春の天皇賞のパトロールVTR / JRA 上記はJRAのHPで公開されている天皇賞のパトロールVTRだが、これを観ると後ろから競馬しているのにも関わらず、キズナが終始外々を回り続けているのが良く分かる。
普通ならば3200mの長丁場でこの位置取りは有り得ない。なるべく内ラチ沿いを追走し、少しでも脚を温存するのがセオリーというものだろう。そのことは当然武豊騎手も分かっていた筈。
ではなぜこんな距離ロスの多いコース取りを、稀代の名手である武豊騎手が行ったのか?それは後ろに控えるゴールドシップを意識していたからに他ならない。
と言っても、別にゴールドシップをマークしていた訳ではないと思う。末脚勝負ならまずゴールドシップには負ける訳が無いと思っていただろうし、相手は前のウインバリアシオンやフェノーメノだと確信していた筈だ。
では何故それほど気にしていたのか。それはゴールドシップの鞍上がクレイグ・ウイリアムズ騎手であり、迂闊に内ラチ沿いを進もうものなら、外から蓋をされて閉じ込められる危険性が有ったから。
先程のパトロールVTRをもう1度観て欲しいが、ゴールドシップが2週目の向こう正面半ばまで、キズナのことを真後ろから執拗にマークしているのが良く分かる。
このプレッシャーはキズナと武豊騎手にとっても相当きつかったであろう。本来なら力を溜めるべき区間で、思うようにリラックスして走れなかった訳なのだから。
このように終始プレッシャーを受け続けていた上に、2週目3コーナーの下り部分でも内に潜り込んだゴールドシップに外へと抑圧され、思うように加速できなかったキズナ。
元々コーナーワークはそんなに上手い馬ではないだけに、ここでのロスは見た目以上に痛かったはず。
結局体力ばかり消耗し、スムーズな競馬が出来なかったキズナ。もしゴールドシップが出遅れず、最後方からいつものような競馬が出来ていれば・・・。
競馬にタラレバは禁物とよく言われるが、武豊騎手が期待したような脚を使えたかもしれない可能性は否定しない。
■まとめ
レース直前に放映された「情熱大陸」の影響や、マスコミ等の報道により過剰と言っていいほど大きな期待を掛けられていたキズナ。
それだけに大多数の競馬ファンにとって、レース後の失望感は相当大きかったようだが、さすがに単勝1倍台はやりすぎだと思って見ていただけに、個人的には納得出来る結果だったと思っている。
父親と被る部分があるだけにどうしても期待してしまうのだが、キズナはキズナであってディープインパクトではない。必要以上に父親の幻想をキズナに求めることは、キズナ自身をしっかりと見ていない事にもなるし、余り良いことではないと思う。
私個人から観れば、キズナは父ディープインパクトにも劣らぬ魅力的な競走馬だ。
完璧な印象を与えた父に比べればまだまだ荒削りなところが多いキズナだが、それだけに今後伸び行く魅力が溢れているし、敗戦を今後の糧にする芯の強さも感じる。
一個の競走馬の成長を見守るのも、競馬の大きな醍醐味の一つではないだろうか。
今回の敗戦にもへこたれず、キズナはもっと強くなってターフに戻ってくるであろう。
キズナのファンもこの敗戦にへこたれることなく、キズナを信じて共に歩んでいって欲しいと願っている。
【追記】
この記事を書き終えた直後に、スポーツニッポンからキズナ骨折の記事が発表された。
▼キズナ骨折!春天レース中発症か 宝塚絶望、凱旋門賞も白紙 / スポーツニッポン 詳しいことは後日厩舎サイドより発表とのことだが、正直残念というしかない。怪我の程度が軽症であることを願っている。
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