スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
◆ブログ移転しました◆
新しいブログ『馬事総論ドットコム』を開設しました。今後はこちらのブログで更新を続けます。
新しいブログのURLはhttp://bajisouron.com/です。
恐れ入りますがお気に入りの変更をお願いします。

スポンサードリンク

follow us in feedly

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

サンデーサイレンスの血を世界に認めさせた大功労馬、ディヴァインライト死す・・・。



 その昔、日本競馬は「名馬の墓場」と言われていた。

 豊富な資金力にモノを言わせて海外の名馬を購入するものの、種牡馬として父系を伸ばすことが出来る馬が殆ど存在せず、その血が途絶えてしまうことが多かったことを揶揄した言葉だ。

 実際当時は輸入した種牡馬自体は活躍するものの、その子供たちが父系を伸ばしたり、海外へと輸出されるようなことは殆どなく、あれだけ成功したノーザンテーストですら、現在ではその父系はほぼ途絶えてしまっている。

 しかしそのような父内国産不遇の時代も、1頭のサラブレッドの登場により終わりを迎えることになる。そう、サンデーサイレンスだ。

 日本競馬の歴史に革命を起こしたサンデーサイレンスの成功。いまやその血は日本のみには留まらず、徐々にではあるが世界へと枝葉を拡げ始めている。

 そのサンデーサイレンスの血を、世界へと拡げる先駆けとなった種牡馬がディヴァインライトだろう。

 その日本産種牡馬初となる、欧州クラシックウィナーを輩出した偉大なサラブレッドが、先日19年に渡る生涯を閉じたことが、現在の繋養国であるトルコジョッキークラブのWEBサイトで報じられた。


スポンサードリンク


現役時代は重賞未勝利

 ★TJK Stallion Divine Light Dies / TJK

 ディヴァインライトライトは父サンデーサイレンス、母メルドスポート、母の父ノーザンテーストという血統の1995年5月10日産の牡馬(詳しくはこちら

 現役時代は2000年の高松宮記念で、キングヘイローにクビ差迫る2着を記録するなど重賞路線で活躍するも、結局重賞は未勝利のまま引退。

 引退後は社台スタリオンステーション荻伏で種牡馬入りするものの、この実績ではいくらサンデー直仔と言えども繁殖牝馬は集まらず、初年度産駒はわずか3頭のみ。

 さすがにこの人気では日本では種牡馬としてやっていけず、2003年にはアグネスカミカゼと共にフランスへと輸出。

 当地でも当初はあまり人気は無かった様だが、フランスで種付けした初年度産駒の中から、のちのカルティエ賞欧州2歳牝馬チャンピオンならびに英1000ギニー馬ナタゴラ(Natagora)を輩出したことで状況が一変。

 2008年にはトルコから種牡馬入りのオファーが掛かり、乞われてトルコで種牡馬入り。現地でも複数の重賞勝ち馬ならびに、GⅠガジダービー馬ディヴァインハート(Divine Heart)を輩出するなど、日本産種牡馬の先駆けとして見事な成功を収めた。


日本競馬新時代幕開けの一助を担う

 今では多くの日本産種牡馬が海外で種牡馬入りし、ハットトリックやアグネスゴールドのように、輸出先でも複数のGⅠホースを輩出するなど、名馬の墓場と呼ばれた時代が嘘のような活躍を見せている。

 また日本国内の競走馬も積極的に海外遠征を繰り返し、毎年のように遠征先で結果を残している。

 今では海外で重賞を勝っても、さして驚かないと言うか当たり前のような感覚を持つ時代となり、私が競馬を始めた頃とは隔世の感を抱かざるを得ない。

 全てはサンデーサイレンスという不世出のサラブレッドの輸入から始まった訳だが、その時代の変革の一助をディヴァインライトが担ったという事実は、日本競馬史に大書されて然るべきものだろう。

 欧州における日本産サラブレッドの地位向上に、多大な貢献を果たしたディヴァインライト。

 その偉大な功績に改めて心からの敬意を表すと共に、その安らかな眠りを祈りたい。

◆ブログ移転しました◆
新しいブログ『馬事総論ドットコム』を開設しました。今後はこちらのブログで更新を続けます。
新しいブログのURLはhttp://bajisouron.com/です。
恐れ入りますがお気に入りの変更をお願いします。

スポンサードリンク

follow us in feedly

[ 2014/05/15 12:44 ] お疲れ様 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。